【快癒館かいゆかん】富山県富山市/整体・カイロプラクティック・気功/肩こり・腰痛・ぎっくり腰・座骨神経痛・椎間板ヘルニア・片頭痛

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快癒館のブログへ/院長の思いをいっぱい掲載しました

快癒館情報
【業種】
整体・気功
カイロプラクティック
(※指圧・マッサージとは異なります。)

富山県富山市の整体院『快癒館』院長写真

【院長:藤岡敦己】
6年制(7,065時間)のカイロプラク学院を卒業。
・整体師 ・気導師
・カイロプラクター
・カイロプラクティック師

【所在地】
〒939-8074  富山県
富山市大町南台1−1
TEL 076-493-6654
※カーナビでは全く違う場所が表示されることが多いので、このHPの地図を必ず参照下さい。

【受付時間】 
 9:00〜19:00
(初診18:30まで)

【定休日】
日曜日・第3月曜日
(祝日は営業)

【料金】
初診料 1,000円
施術料 4,000円

 

予約制

5月〜7月
只今予約受付中

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5月17日22時より受付開始します。

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JSC指定院

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快癒館院長のプロフィール ・スタッフ紹介

 整体を受ける上で、最も大切なことの1つは、「誰から受けるのか」ということではないでしょうか。
 どんな人が施術をしてくれるのかが分からなければ、不安だと思うのです。
そして、整体の効果を上げるためには、信頼関係がとても大切だと思うのです。

 私は、小さい頃から今まで内向的な性格で、どちらかと言えばコミュニケーションをとるのも苦手です。以前は、そんな自分が嫌いで、何とかその部分を隠そうとしたり、自分を大きく見せようと努力してきたのですが、そこに安らぎはありませんでした。
 2009年、作家の野口嘉則さんとご縁をいただき、そのままの自分を愛するということを学びました。 野口嘉則の人間学実践塾

 あるがままの自分を受け容れ、そのあるがままの自分を知っていただく。そして、そんな自分でもいいと思ってくださった方とは、素の自分で接することができる。その方がとても自然でとても楽なのだと気づきました。
(自分を高めることをしないということではありません)

 ですので私とは、どういう人物なのか、どういう考えを持っているのか、何を信じているのか、どんな経験をしてきたのか、などを赤裸々に語ります。


藤岡 敦己   Atsumi Fujioka    院長
院長写真
藤岡敦己(ふじおか あつみ)
1964年10月31日生まれ
兵庫県豊岡市城崎町(城崎温泉)出身
近畿大学理工学部卒業
某電力系列会社 入社・退職
飲食店経営・廃業
整体師・気導師
カイロプラクター
カイロプラクティック師

趣味:トレッキング、テニス、写真
好きな場:「立山連峰」「海」「温泉」&「快癒館」などなど
好きな食べ物:
鶏のモモ肉に塩コショーし、フライパンで皮の方から先に焼いて、出てきた油をクッキングペーパーで吸い取り、皮をカリッと焼いてレモン汁を振りかけたもの。
麺をカリカリに焼き、その上にお好み焼きをひっくり返した「モダン焼き」。
(カリカリ系が好きなのです)
鳥首肉のヤキトリ。寒ブリトロの刺身。ブリカマの塩焼き。
タコときゅうりの酢の物。
レタス、きゅうり、卵、じゃがいも、マカロニに夏みかんやリンゴの入ったサラダ。
一夜干しカレイの素揚げ。白エビの唐揚げ。
(すき焼き風ではなく、かにすき風のだしによる)鴨鍋。
カニすきとその後のぞうすい。関西風きざみそば。
ネギみそラーメン。とうふをポン酢とごま油と花かつおで。

整体関係略歴

健修館整体専門学院卒業
日本整体療術師会連盟加盟
日本カイロプラクティック推進共同組合加盟(現在退会)
日本カイロIT学園受講(1年間)
日本カイロプラクティックアカデミー 6年課程(7,065時間)を主席で卒業
(創設者が亡くなられ、現在は3年過程のみとなっています)
日本カイロプラクティックアカデミー認定 カイロプラクター
日本カイロプラクティックアカデミー認定 カイロプラクティック師
日本カイロプラクティック師協会(JSC) 正会員 JSC指定院
トータルカウンセリングスクール セルフイメージコース修了
日本自律神経研究会 マスタープラクティショナーコース修了
日本気導術学会認定 気導師

整体の道に進むキッカケ

 20代半ば、会社員の頃のこと。
夏休みに兵庫県の「気比の浜」で友人十数名とキャンプをしました。2日目の午後、浜辺に置いてあったビールで満杯の重いクーラーボックスを移動させようと用心深く持ち上げた時、腰にピキーッと電気が走ったような感覚がありました。

 その日は何ともなかったのですが、数日後、会社から帰ってレッスンプロとともにテニスをしていたら、だんだん腰が痛くなり、翌朝目覚めた時には、激痛で起上がるのが精一杯で、靴下を履くことはできませんでした。それまで「腰痛って何?」というくらいに全く腰痛になったことがなかったので、「これが世に言うギックリ腰か・・・」と初めての経験に戸惑ってしまいました。

 その日は会社から休みをもらって、何とか車を運転してやっとの思いで病院へ行ったのですが、担当の先生は「放っておけば治りますよ」と言っただけで何も治療らしきことをしてもらえなかったのです。「うそ〜〜せっかく痛いのを我慢してここまで来たのに・・・放っておけばいつかは治るかもしれないけれど、今苦しいのだから注射でもシップでもいいから、何かしてくださいよ〜〜」って、もう泣きたい気分でした。

 幸い、翌日には靴下も履けたので会社へ行き、会社の近くの接骨院へ行ってみました。接骨院という看板でしたが医師がされていて、痛み止めの注射を打って下さり、電気と牽引で少し楽になったので、しばらく通院していたのですが・・・まもなく私は大阪から富山へ転勤になりました。知らない土地ということもあったのか、通院するのがおっくうで治療せず、それから数年間は腰痛を抱えたまま生活をしていたのですが、いよいよ我慢できなくなってきました。

 著名人が紹介されていた東京の治療院にも飛行機で行きました。あまり効果は感じられなかったのですが、そのとき治療院に打合せにいらしていた出版会社の社長さんを紹介して下さったので「御社の●●を購読しています」と挨拶したら、後日、その社長から斎藤一人さんの本が届きました。そして、その直後にはある方から斎藤一人さんの講和テープをいただきました。
(その通りに実践してみると、次々に幸運が訪れるようになったのはもう少し後のことです)

 ある時、以前放映していたテレビ番組を思い出して、大阪にあるJ施術院を訪ねました。
 これが実に不思議な施術で、患者は上半身裸になり、イスに座ります。先生は後ろから私の背骨に白い粉を塗って、ス〜ッと指でゆがみを調べると「シュッシュッ!」と気合をかけ、背骨にはほんの少し触れるだけ。ほとんど触らないのです。
  そして施術時間はなんと約1分で「はい、いいですよ」と。その時は、全く変化を感じられなかったのですが、帰りの電車の中で3時間以上座っていても、ほとんど痛くない。1回でかなり良くなったのです。

 「すごい!こんな世界があるんだ〜」と感動!
今では、気とか気功というのは、広く知られるようになってきましたが、当時はとても衝撃的でした。

 でもこの時はまだ、この経験が整体師への道を歩むキッカケになろうとは、知るよしもなかったのです。

 さて会社員を8年半勤めた頃、自分には会社員は向いていないと感じ、自営の道を探しはじめました。「思考は現実化する(ナポレオン・ヒル)」「道は開ける(D.カーネギー)」などの本を読み、潜在意識・潜在能力というものに漠然とした興味を持っていて、何かできるのではないかという思いを持っていたのです。

パソコンの写真

 同僚とそんな話しをしていると、「ある居酒屋に、経営者になりませんかという本が置いてあるから一度飲みに行こうか」と言ってくれ、さっそく行ってみました。その店で本を購入して読んでみると自分にもできそうな気がして、チェーン本部に手紙を書きました。

 居酒屋を経営するには2つの方法があって、1つは150万円で本部からお店を借りる賃貸タイプと、もう1つは店舗の内装・設備費用となる約1000万円を出すオーナータイプがありました。

 私の希望は賃貸タイプで、ちょうどその頃、富山市内にあるE店が賃貸タイプなのですが売上があまりよくないため、契約を更新しない可能性があるということを耳にしていました。そうなれば、私にチャンスがある。私は、その方が更新しないことを願いました。

  ちょうどその頃、私は3日間ひどい下痢になりました。病院に行っても原因は分かりません。そして3日目の夜、私は寝る前に、その方が更新しないように強く強く願ったのです。そうしたら夜中に誰かが私の心臓をギュッと鷲づかみしたかのような痛みで飛び起き、この時は本当に死ぬかと思いました。
 そして「ごめんなさい。私の願いは間違っていました」と天に謝りました。すると、翌日には、下痢も良くなり、心臓の痛みも起こることはありませんでした。

 結局E店の人は更新されなかったのですが、他の人が次にそこに入られることになりました。私には、本部からオーナータイプならやらせていただけるとの回答をいただいたのですが、資金が足りません。

 実家の母には居酒屋をやりたいという話をしていたのですが、父とは、もうかれこれ20年近くロクに口をきいていなかったので直接話はしていなかったのですが、母によると「アイツに何ができる!ワシは1円も出さんからな!」と、脱サラして居酒屋をすることに大激怒していると聞いていたので頼れません。

 兵庫の叔父さんに頼むと保証人になることを引き受けてくださったので、国民金融公庫や信金に融資を依頼したのですが「自己資金は十分ですが、保証人が県外の方ですので無理ですね」とのこと。私は兵庫県出身で、富山で保証人を頼める知り合いはいません。やれることはやったのですが・・・もう絶望的でした。

 そして、あきらめて実家の父に「ダメだった」と電話しました。すると「あ、そう。なら貸したろうか」と言ってきました。「エッ??貸してくれるの?何が起きたんだろう?」と思いました。

海の写真

 後で知ったことですが、普段あまり外に飲みに行かない父が、たまたま飲みに行ったところ、カウンターでたまたま知人と隣り合わせになって「ウチの息子が居酒屋●●をやりたいとバカなことを言っている」という話をしたそうです。
  ところがなんと、隣に座っていた人は酒店を経営していて、そのチェーン店に納入していたそうです。その酒店さんは●●のことを熟知されていたらしく、●●の良さをコンコンと説明され、またその納入していた店も大繁盛店だったので、父はコロッと考えが変わったらしいのです。

 ということで、私は父から無利子で借金することができ、おまけに父に感謝することまでできてしまったのです。

 「誰のお蔭で育ててもらっとるんや」が父の口癖で、その言葉を聞くたびに「へん、ボクが生んでくれって頼んだんじゃないわい。自分たちの都合で生んでおきながら恩着せがましい!」と(この頃は)いつも思っていました。
(今では、私が両親を選んだに違いないと思っています)

 父との関係は小学校高学年から次第に悪化し、高校卒業時にとうとう爆発してしまいました。30歳になっても父とはほとんど口もきかないくらいの関係が続いていたのですが、でも「いつかは父に感謝できるようになりたい」と心の奥底で思っていたので、この融資問題は、無利子かつ父への感謝という予想以上の最高の形で落着したのでした。

 そして厳しい居酒屋の修行が終わり、念願の自分の店がオープンしました。順調に売上を上げ、ますます潜在意識や人生の法則性を強く意識するようになりました。
飲食店をして3年たった頃、ある本が私に「有り余るほどのお金があるとしたら、今の仕事を続けていますか?」と問いかけてきました。
 そして私の答えは、「何かが違う」でした。では「有り余るほどのお金があったとしてもやりたいことって何だろう」と毎日毎日、自分に問いかけました。
そして、答えが出ました。

 「あの時のような治療をやりたい。」
そう思っていると新聞に整体専門学院の広告が目に留まり、さっそく休みの日を利用して整体を学び始めました。

 しかし、すぐに整体にのめり込んでしまい、本業の居酒屋がおろそかになってきました。「脱サラして大きな投資をして持てた店。たくさんの方の援助のお陰で店を持つことができた。でもこのままでは中途半端になってしまう。廃業を決断しよう」。

 その頃、読んでいた本の影響や自分の体験から、人生の法則通りにやれば失敗はないと自分では確信したので、妻に話しました。そして「もしやってみて最悪うまくいかなかったとしても、少々ひもじい思いをしても死ぬことはないだろう。でもやらなかったら必ず後悔する」と、まったく説得力はなく、やや強引とも言えましたが・・・・妻は今まで見たことがないくらいに、「なんでやめんなんの!」と激しく泣きじゃくりながらも、それでも最後には私を信頼してくれました。
 こんな私によくぞついて来てくれていると本当に感謝感謝です。

 兵庫に帰って父にも話しました。脱サラをする時にあれだけ激怒していたのです。今度は何を言われるか・・・。しかし、自分の意志は決まっていましたのでそれを素直に話したのですが・・・反応は、おだやかに、即OKをくれました。
 そうして想いのいっぱい詰まった居酒屋を廃業し、私たちの人生をかけて整体の道に専念することにしたのです。 

 その法則が真実であれば、人は好きなことをやって暮らしていくことができる。そうすれば、ストレスもなく、病気になることもない。みんなが幸せで、すばらしい世の中になる。よし、有り余るほどのお金はないけれど、自分の人生をかけて、その法則を試してみよう、本当にやりたいことをやってみようと心に決めたのです。

(実際には、うまくいかないことも多々あり、胃の痛みで苦しむようなストレスも味わいました)

幼少期の貴重な体験

 私が幼稚園児だったある日のこと、クラスメイトとケンカして幼稚園に行くのがイヤで、なにげなく「カゼでも引かないかなぁ」と思いながら寝ました。すると翌朝起きたら本当にカゼを引いて幼稚園を休むことになりました。
 この時の記憶は強烈で、逆にカゼを早く治したい時には、寝ながら病気がカラダの中から出て行くイメージをすると翌日には治っていることもありました。もちろん、治らないこともありましたが・・・。

 私は、蛾(ガ)が大の苦手なのですが、なぜか私の部屋によく蛾が入り込んでくるのでした。そこで私は部屋の入口に「蛾に告ぐ、この先、飛び入り禁止!」と書いて貼りました。それを見た母は「お前はアホか。蛾は字が読めるんか?」と当たり前のことを言ってきました。

 読めるか読めないかは知らないけれど、何もせずに毎日蛾におびえるのもイヤだし、それしか対策を思いつかなかったので、とりあえずやってみただけです。ところが、それ以降、ただの一度も蛾が部屋の中に入ってくることはなかったのです。これには、本当に私がビックリしました。何事もやってみなくちゃわからないし、常識にとらわれる必要もないのだなぁと、とても不思議な体験をしたのでした。

(現在、我が家では、貼り紙をしているにもかかわらず、蛾が出ました。妄信は危険ですね)

院長の経歴

 整体専門学院から認定書をもらい、学院に通院される患者さんを実際に施術させていただいたこともありましたが、まだまだ経験が浅く、自分で開業する自信はありませんでした。

 学院に某接骨院から求人がきましたので、面接を受け、新しくオープンする分院のスタッフとして仮採用が決まりました。しかし、数ヶ月たっても連絡が来ず、ただ待っている状態でしたので、学院長を通して確認してもらうと、新規オープンの計画が頓挫しているとのことでした。「この数ヶ月は何だったんだろう?」

  その頃、よく読んでいた日本で最も有名なコンサルタントのひとり、船井幸雄さんの本の中に「人生に起こることにはすべて意味がある。すべては必然、必要、そしてそれはベストなタイミングで起こる」というのがあり、日々それを意識していました。
(大震災など、「何がベストなのだ!」と思うのも当然ですが、今思うに、すべての出来事は何かに気づくために起きているのではないか・・・。大切な人を亡くした場合には受け容れがたい言葉ですが、その方は命を懸けて何かに気づかせようとして下さっているのではないかと思うのです)

 「常識で考えれば、まずはどこかに雇ってもらって経験を積んだほうがいい。でも、流れは、それに制止をかけた。これには、どんな意味があるのだろう?」と自分に問うた結果、常識にとらわれず“自分で開業しろということだ”と解釈したのです。
(無謀だとも思いますが、今から振り返ると正解だったと思います。もし雇われていたら今日までこんなに勉強しなかったかもしれません。実績ができたら開業できるとするなら、どこまでやっても未知の世界があり、いつまでたっても開業できないことになります)

 経験は少ないものの自然矯正法(後に操体法と知る)という万能の施術法があれば、大丈夫だろうと思い、富山市堤町通りに物件を探し当て開業準備に取りかかりました。準備をしていると、開業したばかりの整体仲間から「肩が痛くて仕事(施術)が出来ないので助けてほしい」との電話が入ったので、さっそく駆けつけてみるとかなりひどい状態でした。施術をしても改善しません。先生に電話したけど駆けつけてくれる様子はなく、いったん家へ帰って、出直すことにしました。

 私は自分と賭けをしました。

 快癒館のオープン日は数日後に迫っていましたが、もし、彼女を快復させる事が出来なかったら開業するのを止めようと。家に帰って必死で調べて、舞い戻り、鎖骨のズレを調整すると、痛みは少し残るもののかなり改善し、彼女は次の予約をキャンセルすることなく、無事に施術されました。その様子を見てホッとしました。まるで天から試されているような出来事でした。

 そんなこともありながら開業しました。居酒屋の時にはオープン初日から入りきらないほどの来客があったのですが、今回はまったく寂しい滑り出しでした。

 少しづつ売上は伸びていくもののとても生活できるレベルではなく、開業して半年ほどで貯金は底をついてきたため、これ以上は無理だと判断し、大家さんにテナントの解消を申し出ました。
 そして、学院長に相談したところ、「●●サウナにマッサージ部門があるが、そこに間もなく整体部門を作ってもらうことになっている。数ヶ月だけ▲▲君が責任者をすることになっているが、その後は君が責任者をやればいい」という話をいただきました。テナントの契約は、まだ3ヶ月残っていたので、快癒館の仕事が終わってから深夜までそのサウナでアルバイトをしたのですが、数名の施術者が登録しているので、やり方は統一され、どの症状に対しても同じ手順というスタイルでした。でも評判はまずまずで、リピーターも付き始めていました。

起死回生

 廃業を決意し、アルバイトと掛け持ちしていた頃、快癒館に同期の女性が訪ねてきて「私を雇ってほしい」とお願いされました。私は「もうすぐ、やめるんですよ。なんなら、ここでやってみられませんか?器材は全て揃っているし、患者さんもある程度ついてるから、(サウナのように)やり方しだいでは繁盛すると思いますよ」と言って・・・ハッとしました。

  やり方しだいで繁盛するなら、自分でやればいい!

 幸いその女性は自ら開業する気はないようだったので、大家さんのところへ行き、「もう一度チャンスをください」とテナントの解約を撤回させていただきました。

 そして、大きく「整体」と書いた看板を「疲れた体をリフレッシュ」に、「白衣」を「作務衣」に変えて、リラクゼーションスタイルにリニューアルしました。得意分野に専念することでだんだん来院数が増えていき、軌道に乗っていきました

 苦手な部分は時間をかけて、実績を積み、徐々に幅を広げていくことにしました。
そして私は、ライバル院とも言える富山市でも有名なA治療院に偵察に行き、なんとありえないことにライバル院で9ヶ月もの間、骨盤・背骨の矯正方法を学ぶことができたのです。

 どういう経緯だったかお話しますと、リラクゼーションでやっている頃、妻が腰痛を起こしました。左腰の筋肉がやけに硬くなっていたのですがいくらほぐしても緩んでこないのです。そこで私は妻に、富山市で有名なA治療院に行くことを提案しました。

 戻ってくると痛みは消えていて、ポッコリしていた左腰が治っています。妻に聞いてみても矯正の仕方は学校で習ったものとそれほど違いません。何が違うのだろうと考えてもわかりません。「こうなったら偵察に行くしかない。行くならとことん分かるまで行く」。でも定休日が同じでしたので、定休日を変更して偵察に行くことにしました。

 また、その頃、時々快癒館に来院されていたBさんは、「どこに行っても右腕のシビレがとれない」とおっしゃっていたのでA治療院のことを話すと「行ってみます」ということになりました。
 数日たってBさんが来院されましたがシビレはほとんどなくなっていました。やっぱりすごいと驚いたのですが、もっと驚いたのは、このBさんはそれでも快癒館に来院されるのです。私は、すごい治療院を紹介したのだから、今後Bさんはその治療院に行かれることになるだろうなと思っていたので、とても不思議な気持ちでした。

 定休日を変えるやいなや、さっそく患者を装って行ってみました。治療を受けていると、A先生が「仕事は何やってる?」と聞いてこられました。ドキッ!偵察しに来たとばれたら・・・と一瞬迷いましたが、「整体です」と答えると、「ひょっとして、誰かウチに紹介したか?」と聞かれ、「ハイ、しました」と答えると、「オマエか〜・・・何か聞きたいことがあったら何でも聞いていいぞ」と言っていただき、それ以降、毎週通い続け、技を盗ませていただきました。

 自分のカラダはすぐに良くなったのですが、「勉強したいから通わせて下さい」と言って結局9ヶ月間、毎週患者として通わせてもらい、骨盤と背骨の矯正方法を身につけていきました。

 A先生も太っ腹で私の質問には何でも答えてくださいました。本当にありがたく思っています。

カイロプラクティックを学ぶ

 A治療院で背骨と骨盤の矯正方法は、だいたい理解できたのですが、頚椎(首の骨)の矯正方法だけは、手取り足取り指導してもらわないと不可能だと感じました。 そんな頃、兵庫県の従兄弟からカイロプラクティックを勉強しないかと誘いを受け、月に1回、学ぶため大阪に通い、レントゲン画像分析と手技を学びました。

 しかし、1年ほど通って気づいたことは、カイロプラクティックのテクニックだけ習っていても、次々に疑問が湧いてくるのです。
相反する理論。何が正しいのか?

 カイロプラクティックを1から学びたくなり、思い切って6年カリキュラムの日本カイロプラクティックアカデミー(NCA)を受講することにしました。

 そこで見たものは、あまりに衝撃的でした。
 講師M先生は、生徒を立たせ、見ただけで症状を当てていかれる。そして、M先生の触診技術は、信じられないくらいにソフトで繊細。施術は軽くタッチするだけで「もむ」とか「ポキッ」ということを一切されずに整えていかれる。
 理事長N先生は、見ただけでどの筋肉が緊張していて、どの筋肉が緩みすぎているのかを当てていき、学生に患者(役)の筋緊張を確認させておいて、患者には一切触らずにイメージ(波動)だけで治療されていく。その後、我々受講生が筋緊張を確認してみると、確かに整っていたのです。
 学長S先生は、心の問題に焦点を当て、様々な症状を改善させていくという方法をとられていました。

 しかしながら、通い始めたものの、受講料・教材費・交通費を合わせると年間100万円くらいかかり、「明日は家賃の引き落としだけと今日の残高では足りない」「セーフ、何とか間に合った」「明日は電気代」「明日は・・・」というような綱渡りの生活が続きました。
 受講しなければ生活は一時的には楽になりますが、技術は進歩しません。
道を究めるため、人生の法則を自ら実証するために飲食店を廃業し全てを賭けたのだ〜。今(当時)こそ、その法則を試す時!
「今月が最後の実習になるかもしれない。しっかり勉強しよう!」
「・・・越せた。(また)今月が最後かも・・・」
ということを何度も繰り返しながら、何とか卒業することができました。

カイロプラクティックで施術する

 カイロプラクティックを学んだことによって、見方や施術に幅が広がってきました。しかしリラクゼーションスタイルでは様々な検査ができず、カイロプラクティックの持ち味を充分に活かすことができません。
 そこでもう一度、白衣に袖を通し、問診・検査・見立てを説明・施術という流れに変えさせていただきました。

気の極意

 気の極意は、「気は出ると思ったら出る」「出ないと思ったら出ない」「出ないかもしれないと思ったら出ないかもしれない」「出るかもしれないと思ったら出るかもしれない」のです。

 しかし、これは、心の奥底で信じていることが現実化するのであり、いくら空を飛べると思っても、心の奥底では飛べるはずがないと思っていれば飛べませんし、「東大に合格する」といくら思っても、心の奥底(潜在意識)で「勉強しなかったら落ちる」と知っていると落ちることになります。「そんな法則は信じないという人は、そのような現実になっていく」というのが法則です。
また、いくら気が出ると頭で思おうとしてもダメで、潜在意識レベルでそう思えるようになる必要があります。

 潜在意識レベルで気で関節を動かせると知っていて訓練すれば、本当にゆがみは調整されますし、気の流れを良くすると体調が良くなることを知っていると本当に良くなるのです。私は患者としてそれを体験しました。

 でも、私はそれを知っても、すぐには気で調整する訓練はしませんでした。自分の心に邪心があるうちは危ないと思ったからです。まずは人間性を高めることに力を注ぎ、自分の心が清らかになったと自分で納得できてから、その訓練を行おうと決めたのです。
 2010年に縁あって気導術を学ばせていただき、現在は施術に併用しています。

 また、「病は気から」「類は友を呼ぶ」などとよく言われますが、それらは「引き寄せの法則」で説明がつきます。すなわち、自分から出ている波動と同類のものや出来事を引き寄せるということです。
しかし、人間の思考や感情が大いなる自然や現象をすべてコントロールできるわけではなく、人間には偉大な力があると同時に無力であると思います。

現在形

 私が学んだものには、整体、カイロプラクティック、オステオパシー、気功、気導術、ボディーワーク、カウンセリングなどがあり、それぞれにたくさんのテクニックがあります。
 ガンステッド、デバーシファイド、アプライドキネシオロジー(AK)、タッチフォーヘルス、SOT、頭蓋仙骨療法、筋紡錘テクニック、ゴルジ腱テクニック、カイロプラクティック内臓反射療法(CMRT)、筋筋膜リリース、ストレインカウンターストレイン、ストレッチ、ポジショナルリリースセラピー、筋エネルギーテクニック、スティルテクニック、関節性靭帯ストレイン、マッケンジーテクニック、アナトミートレイン、固有受容性神経筋促通法(PNF)、直接法、間接法、低振幅高速スラスト、持続圧法、自然矯正法、操体法、神経言語プログラミング(NLP)、ストレス回路遮断法、セドナメソッド(感情解放テクニック)、インナーチャイルドワーク、ユング心理学、緊張性筋炎症候群(TMS理論)、痛み学など。

  その時その時の状況に合わせて、最適な手法を効果的に組み合わせることを心がけて施術を行っています。

人生の法則関連の書籍

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